学問は全知、筋肉は全能

4月に入り、桜の季節となりました。

この季節になると “散ればこそ いとど桜はめだたけれ 浮世になにか 久しかるべき” という和歌を思い出します。

「桜は散るからこそ美しいのですよ。この世に永遠なんてありませんから」と伝えています。

一般的に、桜は「新たな出会い」を象徴するポジティブなイメージとして登場しますが、それを敢えてネガティブに表現した、梶井基次郎の『桜の樹の下には』もお勧めです。

“桜の樹の下には死体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ” から始まる有名な小説です。

桜はさておき、先日『侍タイムスリッパー』という映画を観ました。

タイトルの通り、幕末の侍が現代にタイムスリップする話なのですが、これが非常に良くできており、現存する邦画の中でもトップ10には入る名作でした。

もう販促用ポスターからB級感が漂っていますが、これが本当に良い映画なんですよ。

幕末の侍が現代にタイムスリップし、持ち前の剣術を活かして、時代劇役者として生計を立てていくギャグ調で進みます。

しかし、あくまでも主人公は「幕府に仕える侍」であり、刀を捨て、平和な現代で生きることに葛藤した感情を抱きます。

つまり、「自分が縋っていたものがなくなったとき、どうやって自分や世界と向き合うか」がこの映画の本質です。

滅多にない名作なので、是非ともご覧になってください。

『東京物語』や『七人の侍』など、世界的に評価されている邦画の名作は数あれど、『ザ・マジックアワー』『アフタースクール』『キサラギ』の3作品が入っていない評価は信用しないことにしています。

今回、新たに『侍タイムスリッパー』がそれに加わりました。

映画も芸術作品に分類され、歴史的価値などが評価対象となりますが、所詮は大衆娯楽なので、個人的には配役・脚本しか評価していません。

「良い邦画を教えて」と聞かれたら『切腹』をお勧めしますが、「面白い邦画を教えて」と聞かれたらまず上記3作品をお勧めします。

余談ですが、同時期に公開していた山田孝之主演『十一人の賊軍』は時間と電気代の無駄なので、観ない方がいいです。

ヨハネによる福音書16章24節

日常生活において、タイムスリップほど大きな環境変化は起きませんが、誰しも「縋っていたものがなくなる状況」は経験することになります。

例えば、中学生までは「勉強ができる」ことが特徴だった子も、高校に入学すると同じ学力の子が集まるため、その環境では「普通の子」となってしまいます。

アイデンティティ(自己同一性)が学力に依存していた場合、縋るものがなくなってしまうので、自分を見失ってしまうかもしれません。

そこで努力を重ね、上位集団の中でも「勉強ができる自分」を確立できる子が、東大や上位の大学に合格します。

しかし、東大に入ったとしても、またそこで「普通の子」に戻り、結局は同じ悩みを抱えることになります。

大学は分野が細かく分かれることから、高校よりも「勉強ができる証明」が難しくなります。

数年に一度、自分というものが崩れるのは精神的に疲れるため、別の方法を考えなければなりません。

答えは単純で「縋るものを大きな存在に変える」に尽きます。

自分の特徴を「勉強ができる」ではなく「努力ができる」と考えると、他の分野にも応用ができますし、何より努力は採点できないことから、周りと比較しても劣等感を抱くことは少なくなります。

もちろん、自分より明らかに努力できる人間が現れることもあるため、絶対ではありません。

結局「縋るべき大きな存在」を突き詰めると、最終的に”神”という結論に到達します。

「神に愛されている」ことを特徴とすると、これはもう無敵です。

神の包容力は無限であり、誰が一番愛されているか、といった比較は無意味だからです。

日本は無宗教国家で、宗教や神と触れる機会が冠婚葬祭くらいしかありません。

しかし、「自分と向き合うために縋る大きな存在」と考えると、神は形而上の存在ではなく、どこかシステマチックな感じがします。

それがイエスであるならキリスト教になりますし、クルアーンの教えに従うならイスラム教に分類されるだけです。

新環境で自分を見失ったら、まずは教会に行くことをお勧めします。

新興宗教の事件が大きく取り上げられ、日本では宗教に対して否定的な見方が多いですが、心の拠り所としては文句のつけようがありません。

宗教には教えとなる”聖典”が存在しますが、基本的には「誰が何をした」という物語調で進むため、単純に小説として楽しむことができます。

例えばキリスト教の聖典、その中の文書である”福音書”は、古い文体で書かれたライトノベルです。

宗教の聖典の中でも、個人的に好きな聖典は仏教の『法華経』です。

『法華経』もブッダによる教えが物語形式になっているのですが、その内容が「法華経という素晴らしい教えを聞いた」「恐らく、今から法華経をお教えになるのだろう」といったものが大半で、肝心の法華経が何かが名言されていません。

(厳密に言えば、宗教学では既に解析されていますが……)

「今から大変なことが起こるんだ!」「すごいことを聞いたぞ!」と言われて、肝心の内容を教えてもらえなかったら気になっちゃいますよ。

こうやって信者を増やしていくんですね。

ブッダ、それがお前のやり方か……

ここまで書いておいてあれですが、私は神を信仰しておらず、特定の宗派にも属していません。

何故なら、私の能力が神の存在を凌駕しており、縋る必要もなければ、集団として群れる理由もないからです。

“学問は全知、筋肉は全能”

これが我が校の教えであり、唯一の経典『チャート式』に明記されている金言です。

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