今日もアフリカで人が死ぬ

8月も終わり、新学期が始まりました。

受験生の皆さんは、悔いのない夏休みを過ごせたでしょうか。

私は先日、Netflixにて配信されている『グラスハート』を観ました。

同名のライトノベル原作、佐藤健が主演の音楽ドラマです。

曲も良かったですし、内容も良かったものの、俳優の演技がリサイクル不可の処理困難廃棄物でした。

邦画の悪を詰め込み、煮込んでできあがった特級呪物です。

シンデレラストーリーなので仕方がないのですが、男が上目遣いをしたり、とにかく不自然で気持ち悪かったです。

まあ、男性向けのご都合主義な転生作品は無意味な着替えシーンがあったりするので、ターゲット層を考えると妥当なのかもしれません。

志尊淳と町田啓太は純粋にかっこよかったです。

他人の恋愛をよそに、ひたすら音楽と向き合っている姿勢が最高でした。

話を勉強に戻すと、この時期は中高生どちらも予習が終わり、過去問などを通して総復習に入る時期だと思います。

一度聞いただけでは定着しないので、過去問を解きながら苦手な範囲を復習し、ついでに各試験の傾向もつかんでおく。

更に余裕があれば、追加の応用知識も身に付けておくと、今後の勉強が楽になります。

この「応用知識」というのが少し面倒で、中学生は「高校受験で役立つ高校範囲の知識」となるのですが、高校生の場合は「大学受験で役立つ大学範囲の知識」とはなりません。

大学受験を控えた高校生が身に付けるべき応用知識は、「今まで学習してきた公式や定理の理解」になります。

例えば”二項定理”と言われて、Σを含んだ式の形を理解しているのか。

例えば”角速度”と言われて、その定義と式変形が定着しているのか。

こういった、所謂「原理」を理解することは既存知識の補強になりますし、大学以降の勉強にも大いに役立ちます。

ここで論点になるのが「低年齢(幼稚園生~中学生)は原理が必要ないのか?」ということです。

私は「必要ない」という結論に達しました。

気が向いたら”解の公式”の成り立ちや”オームの法則の原理”を説明することもありますが、基本的には「公式だから覚えよう」で済ませています。

「英数理系特化の塾なのに、結局は暗記させるの?」と思われるかもしれませんが、学習塾という性質上、最優先は受験の合格、次いで定期試験や模試の成績向上です。

人がいっぱい死ぬね

まず”原理”という言葉ですが、これは数学においては”真理”という言葉に置き換え可能であり、一般的には広義の意味で”真実”という言葉に置き換えることができます。

受験において、真実は重要ではありません。

簡単な具体例を出すと、小学校の算数では「0で割ってはいけない」と教わります。

当然、賢いキッズは「どうして?」と疑問を抱くでしょうが、ここで「そもそも、数という概念は人間が勝手に作り出したもので、四則演算の規則も人間が勝手に作り出したもので~」なんて説明しても、99%が理解できないと思います。

しかし、その質問に対して「0で割るとアフリカで人が死ぬ」と答えたらどうでしょうか。

何の解決にもなっていないどころか、全くの間違いなのですが、純粋なキッズは「やべぇじゃん……」と、0で割ることへの抵抗が生まれるはずです。

この場合、原理は理解できていませんが、「0で割ると減点される」という事実は回避できます。

しかし、中学生くらいの賢いキッズは「あり得ないだろ……」となりますよね。

そこで、更に別の方便を用意します。

「例えば、1を1で割ると答えは1。割る数を小さくして、1を0.1で割ると答えは10。更に割る数を小さくして、1を0.001で割ると1000。つまり、割る数を限りなく0に近付けると、答えが限りなく大きくなる。結局、0で割ると計算結果は∞になるが、∞は中学生では扱わない概念だから、0では割れない」

これで99%の賢いキッズも騙せます。

実際のところ、0で割った計算結果は「不定」ではなく「不能」になるため、この説明も原理とは異なりますが、少なくとも「0で割っても答えはでないんだ」という意識が芽生えます。

この具体例から分かることは、「相手のレベルに合わせた方便を用意すれば、それが真実に置き換わる」ということです。

何が良いって、とにかく「0で割って減点される」というケアレスミスが減ります。

受験において重要なのは「減点されるという事実」であり、「真実の解明」ではないということです。

0で割るとアフリカで人が死ぬ。それでいいじゃないですか。

気に入らないなら、アフリカをイタリアに変えたっていいです。

真理は残酷だが正しい

もう1つ、真実が役に立たない具体例を考えます。

usually, sometimes , often , never …

英文法において、このような単語を「頻度を表す副詞」と呼んでいます。

通常、副詞の語順は

1,. run fast のように修飾する動詞の直後

2. very good のように修飾する形容詞の直後

上記の2通りに分かれます。

しかし、頻度を表す副詞は例外で、

  1. I am sometimes ~ のようにbe動詞の直後
  2. I usually study ~ のように一般動詞の直前

上記のように使用される動詞によって語順が変化します。

言語学における生成文法でこの語順を説明できるのですが、理系か文系かも定まっていないキッズ相手に「生成文法の考えでは、do補助など特殊な配置があって~」なんて説明したところで、99%が理解できません。

彼らからすると「結局、どこに副詞を置けばいいの?」という疑問が最優先じゃないでしょうか。

そこで「notと同じ場所に入れる」と説明したらどうでしょうか。

be動詞の場合、notは be not の語順

一般動詞の場合、notは do not V の語順

これで、2通りあった不規則が「notと同じ場所」という、1通りの規則に統一されます。

まあ聞かれないとは思いますが、好奇心旺盛な高校生キッズに「どうしてnotと同じ場所になるんですか?」と聞かれたら、適当に「頻度を表す副詞はalways(100%) ~ never(0%)まであって、0%の場合は~ないという否定文になる。だから否定文と同じ形にしておくんだ」とでも答えておけば大丈夫です。

キッズはバカなのでalways納得します。

でもね、極稀にいるんですよ、バカじゃないキッズが。

「それだと、notと副詞が同時に出てくる場合、どの語順になるんですか?矛盾してませんか?」って聞いてくる子がね。

そういう子には「勘のいいガキは嫌いだよ」と捨て台詞をはいてください。

長くなりましたが、言いたかったことは「真実とは、相手のレベルに合わせた嘘である」ということです。

学者、教授 etc…

彼らもまた、神が用意した嘘に踊らされてるってことです。

これ、全部自作の名言なので使っていいですよ。

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